オレ流AIとの付き合い方

2001年に公開された原案キューブリック・監督スピルバーグの「A.I.」。

あらすじの説明はWikiに譲るが、そのA.I.で描かれているAI=デビッドのように、遠くない将来では人間と同じ感情を持つAIロボットが製造されることになるのかもしれない。


「人間の仕事の多くはAIにとって代わる」と言われてはいるけど、2025年3月の時点では「感情や創造性、倫理的判断、直感的な意思決定などは、人間特有の能力であり、AIでは代替しきれない」というのが実状らしく、デビッドのようなロボットが登場するのはもう少し先みたい(あんなに切ないストーリーを経験しなきゃならないロボットなら登場して欲しくないけど)。


ならば、この時点でAIに何を期待できるのか?それに対してボクら人間はどう振る舞うべきなのか?という点について考えてみる。(まあ、文字通り日進月歩のAIの進化スピードを考えれば、こんなことをテーマにしても、1年後いや1か月後、もしかしたら明日にはもう的外れな内容になってしまうのかもしれなくて無価値で無意味なんだとは思うけどね。)


ーーー


ここ数年は「AI=生成AI」という認識が一般的になっているように感じるけど、そもそもすべてが生成AIなわけじゃない(先のデビッドも生成AIではない)。


ではAIにはどういう種類があるのか。


大別すると、

  • 伝統的AI(事前に与えられたある特定領域のデータやルールに基づき、決められたプロセスを処理する)
  • 生成AI(過去の大量のデータを学習し、それに基づき新しいコンテンツ(テキスト、画像、音声など)を作り出す)

となるよね。つまり、


  • 伝統的AIは、こういうクエリ―がきたらこういう結果を返す、というルールが定まっている(人間が教えている)のに対して、
  • 生成AIは、与えられたクエリーに対して、学習したデータを基にAI自ら結果を導き出す

という違い。


伝統的・生成、それぞれのAIがどういうケースで活用されているかをシンプルに整理してみると以下のようなカンジというのがボクの理解。


領域

伝統的AI

生成AI

データ入力や事務作業

主機能

・ルールに基づく反復作業を自動化


具体例

・データの整理や入力、文書管理など定型的な事務作業

主機能

・コンテンツの創造や文脈に基づく作業


具体例

・新しい文章やレポートを生成

・分析結果を基にして自動的にビジネスレポートやサマリを生成

カスタマーサポート

主機能

・定型的な対応を自動化


具体例

・事前に定義されたルールや選択肢を元に問い合わせ対応やFAQの回答を自動化

主機能

・自然で文脈に合った回答を生成


具体例

・顧客の入力内容に基づき、過去の会話や問い合わせ内容を分析し、ダイナミックにコミュニケーションを成立・進行させる

製造業

主機能

・反復的で精密な作業を自動化


具体例

・組み立てや品質チェック、パッケージングなどの

主機能

・新製品デザインや改善案を生成


具体例

・市場動向を分析、消費者のニーズにマッチするデザインの提案や改善

物流と倉庫管理

主機能

・既存プロセスの改善


具体例

・在庫管理の最適化

・配送ルートの効率化

主機能

・戦略的提案の生成


具体例

・物流戦略や倉庫レイアウト案、効率的な運営方法など環境やプロセスそのものを生み出す

金融取引

主機能

・特定条件に基づく取引の定量的判断


具体例

・市場動向のリアルタイム分析及びそれに基づく最適な取引

主機能

・新しい投資戦略の創出


具体例

・複数のシナリオに基づく市場自体の変化予測

・それに基づく新たな戦略の開発



もっとわかりやすく激シンプルに表現するなら、


  • 伝統的AIは、自分の定型化された仕事を自分に代わって処理してくれる
  • 一方、生成AIは自分の能力を増強・拡張(Augument)してくれる


ってこと。


伝統的AIが定型化された人間の仕事にとって代わる、これはかなり前に起こったこと。いまさら、伝統的AIとどう付き合うべきか、なんてことは考える必要はなさそう。


だって、自分の仕事をAIに託すのか、そうしないのか、のゼロかイチかの判断が求められるのみで、

しかも、託すことによって最適化や効率化が期待できるならそうしない判断はないでしょう。


いまだボンヤリとしているのは生成AIとの付き合い方。

コイツは、ボクらの能力を増強してくれるが、代替してくれるわけでは決してない。


例えばメガネ。


(アナタの視力が悪いというテイで)メガネを着用することによって、視力を上げることができる。

しかし、だからといってアナタの眼球が不要になるわけではない。あくまでアナタの視力をメガネが増強してくれるだけ。


生成AIもメガネの例と同じ。


生成AIを利用することによって、文章や画像・動画などのコンテンツの制作力を上げることができる(可能性が高まる)。


しかし、だからといってアナタの脳ミソが不要になるわけじゃない。あくまでアナタのコンテンツ制作力を生成AIが増強してくれるだけ。


ステキで的を射た文章や、息をのむような素晴らしい画像や動画を制作したいなら、その結果に導くプロンプトを生成AIに投げる必要がある。どういうプロンプトが適切なのかは当然アナタの脳ミソが考えなければならない(まあChatGPTにプロンプトを書かせてMid Journeyに絵を描かせるってパタンもあるけど、その場合でもChatGPTに良いプロンプトを書かせるために適切なプロンプトを投げる必要、つまりアナタの脳ミソが考える必要がある)。


なぜプロンプトエンジニアという職業が存在しているのか。そう、生成AIから期待するアウトプットを得るために最適化された指示や命令を出すこと、つまり依然として、AIに指示や命令を出すボクらに「考えること」が求められるってこと。


その「考えること」すら放棄して、生成AIに丸投げしてしまうことは眼球を取り去って物事を見ようとしていることと同義。どういうケースであるにせよ、2025年3月からしばらくの間は、自分の脳ミソで考えることまでは放棄できなそうだし、してはならないのだと思っている。


ま、これはあくまでオレ流なわけなので、正解とか不正解のどちらでもないんだけどね。


ーーー


過去記事「活用とドーピングの境界線」では、「AIは人間の能力の拡張を手助けしてくれるものであるから積極的に使うべし」と書いたし、その基本的な考えが変わったわけじゃない。


その過去記事では触れなかった「AIとより積極的に付き合う上で、気にかけておくべきこと」について記しておきたいと考えて今回の記事を書いた。


そゆこと。

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