際限なき再現性の追求

昨夜Vaundyのインタビューを視聴した。なんとまあ天才とはこういう人のことを指すのだというお手本のようだった。

彼の年齢の2倍以上の期間稼働してきたボクの脳ミソがこれまで整理できなかった類の事象を、彼のそれはアッサリと美麗に片付けてしまっている。

Wow momentはいくつもあったが、際立っていたものを拾い上げるとこうだ(尚、以下は一語一句彼による表現ではなく、ボクの言葉に置き換わっているが本質からは逸れてない)。

  • (その曲の)最上最高の状態は頭の中で完成している
  • その最上最高の状態は、アウトプットした時点で劣化する
  • 劣化しないようにするためには手数、つまり最上最高の状態を完全再現する手法をできるだけ多く持っておくことと、そしてその技術のクオリティを高めておくこと
  • あるいは、その手法の技術が際限なく高いレベルにある人と一緒にアウトプットすることも選択肢となる
さらに彼は、脳ミソの中でどう最上最高の状態を作りあげるか、についても触れていた。

  • ギターの弾き方を知らなければ、ギターのフレーズは思いつかない
  • ベースの弾き方を知らなければ、グルーヴは生み出せない
  • 歌い方を知らなければ、メロディは浮かばない
  • このように、声も含めてどの楽器がどういう表現力を持っているのか、をできるだけ多く理解しておく(そのために技術も会得しておく)
  • その理解を脳に格納し、脳内環境を整えておくことで、脳内で作曲を最上最高の状態で完結させることができる

脳内で最上最高の状態にある曲、そしてその曲を完全再現しようとするカラダ。

彼は最後に、以下のようにまとめた。

  • だが、脳内の最上最高の状態の曲は、線香花火の光のようにパチパチと光っては消えていくもので、長くても0.2秒程度しか脳に留まってはくれない感覚
  • その0.2秒の間にそれをキャッチして、脳外にアウトプット・再現するためには、脳と筋肉が連動し、いや、脳で考える前にカラダの方が早く反応できるように訓練しておく必要がある

いや、全てがズドンと腑に落ちるわけで。

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ボクら凡人に当てはめるとどうか。

例えば「革新的なUIを持ったWebサイトデザインを思いついた」とする。そしてそのデザインが脳内においては最上最高の状態だったと仮定しよう。

さてこの人はそのアイデアをどうアウトプットするのだろう。

まずは、ペンを握っておもむろにそのワイヤーフレームを紙に書き出すのかもしれない。しかし、それではかなり劣化した状態でアウトプットされることになるだろう。

では一歩進めて、この人がIllustratorやPhotoshopなどの類のツールを使い手だったとする。それを使ってアウトプットするなら、デザインカンプ(完成イメージ)くらいにはなるわけだが、それでもまだ「そのアイデアの革新性」を再現することはできないはず。

さらにもう一歩進め、この人がHTML/CSS/Java Scriptを書けるとしよう。これならこのデザインの革新的な動きまで含めて再現することはできそう(とはいえ、そこに載せるイラストや写真などのデザイン素材についてはまた別の「(IllustratorやPhotoshopなどの)手数」が求められるが)。

しかし、脳ミソは、その「革新的なUIを持ったWebサイトデザイン」を最上最高の状態を、再現が完了するまで完璧に記憶し続けてくれるわけじゃない(上述の通りVaundy曰くそれはおよそ0.2秒)。時間が経てば経つほど「そのアイデアは脳内で劣化し続ける」わけだ。

できるだけ早く脳外に完全な状態で再現するには、もっともっと手数を獲得しておく必要がある。

例えば、GoogleのAntiGravityやStitchなんかを活用して効率的に高速で再現できるように訓練する、などだ。こういった動きの高品質化・高速化を支えてくれるテクノロジーは日々開発・改善されているわけなので、毎日毎日こういった部分もアップデートしなければならない。。と、ここまで考えて途方に暮れてしまう。

こういった努力をこの天才は長い間続けているのだろうし、それができるから天才なのだろう。

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ボクは書店に行った時は必ず、これまでの人生において全く接点が無かったセクションからチェックするようにしている。

接点が少なかったセクションは接点を持つことで、接点が少なくないセクションになり、また別のセクションをチェックする、という具合だ。

新しいブログ記事を書くための刺激になるのでは?と、根拠のない期待を持ってのことであって、例えばデザイナーとしてのボクの「手数」を増やしてくれるような取り組みではない。

つまり、(デザイナーとして脳内に浮かんだ最上最高のアイデアを脳外に正確に再現するために)デザイナーとしての手数を増やすなら、デザインに関連する、デザイナーに求められている/この先求められるであろう「手数」が何であるかを見極め、それを増やす努力に時間を多く割り当てる方が効率的に脳外再現の確実性を高めてくれるということなのだろう。

とはいえ、「これまでの人生において全く接点が無かった」ことに触れてみようとする取り組みが無駄だとは思わない。

例えば、量子力学と仏教に触れたことで、AIやコンピューティングへの理解が深まったような気がするし、文化人類学に触れてからはデザイン思考をベースにした様々なアプローチが変わった、などボク自身の体験があるわけだし。

以前アイデア妄想力でも書いたように、「頭の中にいろんなデータを詰め込んでおくと、何かをキッカケにデータ同士が突然連結」し、それによって思いがけず何かへの理解が深まったり、新しい何かを思いついたりする、この偶然の可能性は捨てずにおきたいし、そのことが、最上最高のアイデアを脳内に発現してくれるタネのようなものになってくれるのかもしれない。

ならば、特定の領域(上の例ではデザイン)において「手数を増やす」努力を続けると同時に、これまでの人生において全く接点が無かったことにも触れ続ける、この2つを並行して実行できるなら、そりゃもう基礎体力がズズン!と爆上がるんだろうなという気がしてきた。

よし、あとは、それら2つを実行するためのボクのやる気と本気を爆上げしてくれる最上最高のアイデアを思いつくだけだな。。。ん?

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